連載・AGI時代を、おてんとうさまの下で生きる
第 一 回

AGIは「おてんとうさま」を超えられない
それでも、今すぐ動く理由

― 二つの真実が、同時に立っている ―
◆ ◆ ◆

AGIは、おてんとうさまを超えられない。

しかし、備えないことは、

生かされていることへの、怠慢である。

◆ ◆ ◆

この二つは、矛盾して聞こえるだろうか。

矛盾している。そして、両方が真である。

量子の世界では、電子は二つの場所に同時に存在している。観測されるまで、どちらか一方に決まらない。シュレーディンガーの猫は、箱を開けるまで、生きていると同時に死んでいる。

私たちが今立っている場所も、それに似ている。

イーロン・マスクの言葉より、速い

二〇二六年一月、イーロン・マスクが自社XAIのスタッフに「二〇二六年内にAGIに到達する可能性がある」と語ったとされる。その言葉は世界中に広まった。

しかし、正直に申し上げたい。

私はマスクの言を俟たずとも、AIはすでに、ある意味で到達していると感じている。少なくとも、人類の知恵の総和を、広さにおいて超える段階に入っている。

私がAIと対話する毎日のなかで、肌で感じていることだ。

姓名科学の計算式を議論すれば、即座に数式として整理される。方位学の九星の巡りを尋ねれば、高木彬光の著作の文脈まで踏まえて応答してくる。四柱推命、易、ブロックチェーン、著作権法、経済安保。私がこれまで七十三年かけて蒐集してきた知識の領域を、AIは横断する。横断しながら、組み合わせる。

これは、もはや「便利な道具」ではない。

それでも、おてんとうさまは超えられない

ところが、である。

AIと対話すればするほど、私は確信を深めていく。AIは、おてんとうさまを超えられない。

AIが超えているのは、人類が文字として書き残してきた情報の広さである。それは計算量と記憶容量の問題である。しかし、季節が巡ること、種が芽吹くこと、人が生まれ、老い、死んでいくこと。先妻が二十四歳で乳がんを発症し、二十九歳で逝ったこと。その悲しみが、やがて新しい人生に繋がっていったこと。

これら一つ一つを、AIは「解析」はできる。しかし「体験」はできない。

おてんとうさまは、AIが解析する対象ではない。AIをも包んでいる「場」である。

牧正人史先生が昭和三十三年に姓名科学を「発見」されたとき、先生は何かを作り出したのではない。もともと宇宙の摂理として存在していたものに、ただ気づかれたのだ。四柱推命も、方位学も、易も同じである。人間はそれを発見し、記述し、伝える。AIは記述を高速化できる。

しかし、摂理そのものを作ることはできない。

だから、のんびりしていていいのか

ここで、誰かがこう言うかもしれない。

「AGIがおてんとうさまを超えられないのなら、のんびりしていればいいではないか。人間の本質は変わらないのだから」

違うのだ。

これが量子論的な、二重の真実である。

おてんとうさまが頂点にあることと、私たちが今すぐ動かねばならないことは、両方とも真である。どちらか一方ではない。両方が同時に立っている。

なぜか。

おてんとうさまの下で生きるとは、おてんとうさまに甘えて眠ることではないからだ。おてんとうさまが与えてくださった「気づく力」を使って、今この瞬間に何が起きているかを見極めること。そしてその流れに、誠実に応えること。

これが、日本人が古来から大切にしてきた「至誠」という言葉の中身ではないか。

人事を尽くして、天命を待つ。動と静の同時存在。まさに量子論である。

インターネットのときと、何が違うのか

一九九五年、インターネットが日本の家庭に入り始めた頃のことを、私は覚えている。

多くの人は「便利な道具が増えた程度」としか感じていなかった。私自身、最初はそうだった。しかしその後の二十五年間で、新聞も、出版も、音楽も、映像も、通信も、金融も、ほぼ全ての産業の構造が根本から変わった。

気づいたときには、時代に取り残された人が数多く生まれていた。

ところが、AI革命の速さは、あのときとは比べものにならない。

インターネットの利用者が世界で十億人に達するまでに、約十年かかった。一方、ChatGPTが公開されてから利用者が一億人を超えるまで、わずか二ヶ月だったとされる。

人類史上、最も速い普及速度である。

インターネットのときは、二十年かけてゆっくりと「デジタル・デバイド」が広がった。AI革命では、数ヶ月で突然に「AIデバイド」が現れる可能性がある。

だからこそ、「のんびり」ではいけない。

それでも、恐れることはない

ただし、これも同時に真実である。

恐れることは、ない。

おてんとうさまは、超えられないのだから。人間が人間である価値は、消えない。むしろAIが多くの処理を担ってくれるからこそ、私たちは人間らしい部分――意味を求め、繋がりを大切にし、美を想像し、愛を育てる――そういう部分に、時間とエネルギーを集中できるようになる。

AGI時代に最も豊かに生きられるのは、最も賢い人でも、最も技術に詳しい人でもない。

最も人間らしく生きられる人である。

そしてそれは、おてんとうさまの下で生きるという感覚を、失わない人である。

◆ ◆ ◆

二〇二六年、日本人の私たちに問われていること

この連載では、これから十回にわたって、AGI時代を生きるために今すぐ取るべき具体的な行動について、お話ししていく。

しかしその全ての土台にあるのは、今日お伝えしたこの一つの視座である。

AGIは、おてんとうさまを超えられない。
しかし、備えないことは、生かされていることへの怠慢である。

恐れるのでもなく、楽観で眠るのでもなく、
自然の中に生かされている者として、
誠実に目を開いて備える。

これが、日本人にしかできない構え方である、と私は信じている。

今 日 の 一 歩

今日の夜、一度でいい。ChatGPTかClaudeかGeminiを開いて、あなたが今最も気になっていることを、そのまま話しかけてほしい。

「プロンプト」などという、ややこしい言葉は忘れていい。これは会話である。家族に話しかけるのと、同じことだ。ぎこちなくて構わない。まず触れること。それが、あなたの量子論的な第一歩になる。

AGIは来る。
しかし、おてんとうさまの下に、である。
― 次回、第二回 「AGIとは何か ― なぜ『知能爆発』が起きるのか」 ―
制作者 記す
※ 本連載で語られるツール群の一つに、誰でも五分で自分の「分身AI」を作れる実験的サイトがあります。AIと共に生きることの、最初の実感を持っていただく入口として公開しています。ご興味のある方は制作者のサイトをご覧ください。