日昇リサーチ株式会社 社章
連載・知識の武装 第一回

私はなぜ、あの一行を消したか

――『シオンの議定書』の正体と、その材料になった本のこと

自分の古い原稿を読み返していました。日米開戦をめぐる一本です。前半は、いま読んでも悪くない。ルーズベルト政権の内部にソ連の協力者が入り込んでいたこと、その一部が対日政策の中枢に触れていたこと。これはヴェノナ文書が公開されて以降、歴史学の側で扱われている話です。私はそれを、資料に当たって書いていました。

問題は後半でした。私はそこで『シオンの議定書』に言及していた。分断の手口、報道機関の掌握、教育への浸透――そうした記述が、あまりに現在に符合して見えたからです。

その一行を、私は削りました。以下は、なぜそうしたかの記録です。そして削ったあとに残った、もっと面白いものの話です。

一 誰が作ったか

『シオンの議定書』が世に出たのは、一九〇三年です。ロシアの新聞『ズナーミャ(旗)』に連載され、一九〇五年、セルゲイ・ニルスという人物の著書に収録されて広まりました。ユダヤ人の長老たちが世界支配の計画を語り合った秘密文書、という触れ込みでした。

帝政ロシアの秘密警察オフラーナ、とりわけそのパリ支局周辺が製造に関与したという見方が有力です。当時のロシアは革命前夜で、体制側は民衆の不満を逸らす先を必要としていました。

そして一九二一年八月、ロンドン・タイムズのコンスタンティノープル特派員フィリップ・グレーヴスが、三回にわたる記事で決定的な指摘をします。この文書には、種本がある、と。

二 種本の話

種本の名は、モーリス・ジョリ『マキャヴェリとモンテスキューの地獄での対話』。一八六四年、ブリュッセルで匿名出版されたフランスの本です。

ジョリは法律家でした。彼が批判したかったのは、当時のフランス皇帝ナポレオン三世です。しかし現職の皇帝を名指しすれば、投獄される。そこで彼は、地獄でマキャヴェリとモンテスキューが議論する、という設定を使いました。マキャヴェリが専制の技術を語り、モンテスキューが自由の立場から反駁する。

つまり、マキャヴェリの台詞として書かれた部分が、ナポレオン三世が現実にやっていたことの記述なのです。ジョリは「こういう手口がある、気をつけろ」と警告した。

議定書は、その警告文から反論者を消し、話者をすり替えました。同じ文章が、警告から犯行声明に化けたわけです。

ジョリ自身は、この本のせいで禁固十五ヶ月を科されています。匿名で出したものの、印刷所から足がつきました。彼は一八七八年に自ら命を絶っています。自著が半世紀後に、まったく逆の目的で使われることになるとは、知らずに。

三 では、なぜ当たって見えるのか

ここからが本題です。作られた経緯が分かってもなお、あの文書を読むと「当たっている」と感じる。その感覚自体は、嘘ではありません。ならば、なぜそう感じるのか。

理由は二つあります。

一つは、いま述べたとおり、内容の芯がジョリだからです。ジョリは実在の権力者が実際にやっていた統治術を、間近で観察して書いた。当たっていて当然です。ただしそれは、議定書が正しいのではなく、ジョリが正確だったということです。

もう一つは、記述の構造にあります。報道機関を押さえる、教育に手を入れる、対立を演出して漁夫の利を得る――これらはどの時代の、どの権力にも当てはまります。当たっているのではなく、外れようがない書き方になっている。

私は易や気学を長くやってきました。だからこの手の「当たり方」の仕組みには、むしろ慣れているはずでした。当たる記述と、当たったように読める記述は、峻別しなければならない。自分の畑では当然にやっていることを、他人の畑では怠っていた。そういうことです。

四 それでも、手法への関心は正しい

誤解のないように書いておきます。私が捨てたのは出典であって、問題意識ではありません。

人心がどう動かされるか。世論がどう作られるか。ある社会がどう内側から変質していくか。これは考えるに値する問題です。むしろ、いま日本で最も考えられるべき問題の一つだと思っています。

ただ、その問題を考えるのに、偽書はいらない。もっと良い本があるからです。しかも三冊とも、堂々と出典として書ける本です。

ジョリ『マキャヴェリとモンテスキューの地獄での対話』(一八六四) 議定書の材料そのもの。権力の側から見た、統治の技術の目録。
バーネイズ『プロパガンダ』(一九二八) 議定書が空想として書いたことを、現実にやってのけた人物の手記。PRという職業の創始者が、自分で手口を公開している。
エリュール『プロパガンダ』(一九六二) なぜ人はそれに乗ってしまうのか。操る側ではなく、操られる側からの分析。

一点だけ、順序を正しておきます。バーネイズもエリュールも、議定書より後の著作です。議定書がこの二冊を参考にしたわけではありません。この三冊の関係は、こうです。

ジョリが手口を書き、議定書がそれを盗んで陰謀に仕立て、バーネイズがそれを商売として実行し、エリュールが「なぜ効くのか」を解明した。百年をかけて、同じ現象が四つの角度から書かれている。

五 この連載でやること

次回から、この三冊を一冊ずつ読んでいきます。ただの読書案内にはしません。書かれている手口を、いまの日本で実際に起きていることと突き合わせます。

第二回 法は壊されない、空洞化される(ジョリ)
第三回 嘘をつかない操作(バーネイズ)
第四回 賢い人ほど、よく踊る(エリュール)
第五回 知識の武装――日本の現在地

最後に、この原稿が生まれた経緯を書いておきます。私は自分の古い記事について、AIと議論をしました。そこで前半の史実は支持され、後半の出典は退けられた。退けた理由が、権威でも建前でもなく、材料の来歴だったので、私は考えを改めました。

私はこれを「電任」と呼んでいます。丸投げでも、使役でもない。信任に基づく協働です。自分の書いたものを、誰かに検証してもらう。その誰かが人間である必要は、必ずしもない。

知識の武装、と題した理由も、そこにあります。武装とは、身につけるものです。誰かに守ってもらうことではない。