投手の成績表には、たいてい引き換えがあります。
三振をたくさん取る投手は、球数が増えて長い回を投げられません。長い回を投げる投手は、力を抜くぶん走者を出します。走者を出したくない投手は慎重になって、回が伸びない。どこか一つを取れば、どこか一つを手放す。それが普通です。
ところが今季、その引き換えが見当たらない投手がいます。
現地時間の九月十五日、グレートアメリカン・ボールパークでのレッズ戦です。
立ち上がりは、よくありませんでした。先頭のホルヘ選手に四球。続くデラクルーズ選手にも四球。無死一二塁です。
そこから、スチュワート選手を投飛、ブルデー選手を右飛。盗塁などで二死二三塁と攻められましたが、スアレス選手を三ゴロに仕留めて、無失点で切り抜けました。
三回二死から、デラクルーズ選手に左二塁打を許します。この試合で山本投手が許した安打は、これ一本だけでした。
そしてこの回の三つ目のアウトから、七回を投げ終わるまで、十三人を連続でアウトにしています。
七回九十一球、被安打一、二四球、七奪三振、無失点。チームは四対〇で勝ち、自己最多となる十四勝目が付きました。
この日の内容だけなら、好投した一試合というだけの話です。
妙なのは、今季の順位表を開いたときです。
登板二十七回のうち、二十一回が六イニング以上を自責三点以内。四回に三回以上の割合で、試合を作っています。
そして九月に入ってからは、三登板続けて七イニングを投げ切りました。
冒頭に書いた引き換えの話へ戻ります。
三振を七つ取りながら、九十一球で七回まで来ています。球数が増えていません。
七回まで投げながら、許した走者は四球二つと安打一本だけです。長く投げても走者が増えていません。
走者を出さないのに、回が短くなっていません。
しかも、最初から完璧だったわけではないのです。この日は先頭から二人続けて歩かせています。崩れかけた日に、崩れないまま七回まで持っていく。 ここがいちばん厄介なところではないでしょうか。
調子の良い日に素晴らしい投手なら、たくさんいます。調子の悪い日を、自分で片づけて帰ってくる投手は、そう多くありません。
ここで、昨年の秋を思い出しておきたいと思います。
リーグ優勝決定シリーズの第二戦、ブルワーズ戦です。初回に先頭打者へ本塁打を浴びながら、そこから立て直し、九回を一失点で投げ切りました。 自身初の完投勝利です。
そしてワールドシリーズの第六戦。ブルージェイズに三勝二敗と王手をかけられた場面で、六回一失点。チームは三対一で勝ち、シリーズを第七戦へつなぎました。
その翌日、第七戦にも山本投手はマウンドへ上がっています。
前日に六回を投げた投手が、翌日また出てくる。しかも世界一の懸かった試合で。あの起用が正しかったかどうかは、いまも議論のあるところでしょう。ただ、出ていったことは事実です。
ここから先は、少し別の話になります。
私はこの半月、同じチームの別の選手について四回も書いてきました。大谷選手の休養についてです。膝と首と腕に不調を抱え、四試合を休み、今季の投手復帰を断念した。休ませるべきだ、痛みが出てから休ませるのでは遅い、と繰り返し書いてきました。
その同じ九月に、山本投手は数字を締めています。
この対比を、素直に喜んでよいのかどうか。私には少し引っかかるところがあります。
山本投手が投げてきた回を、思い出してみてください。昨季の本編があり、そのあとにポストシーズンがあり、九回を投げた試合が複数あり、連投があった。冬が明けて今季が始まり、ここまで百七十九回。その体は、もう一年半以上、休んでいないことになります。
九月というのは、投手が数字を上げる時期ではありません。落とさないように耐える時期のはずです。そこで防御率が締まっているというのは、称賛すべきことであると同時に、どこにも減速の兆しが出ていないということでもあります。
大谷選手の場合は、体が先に音を上げてくれました。膝が痛み、腕に違和感が出て、周りが止めざるを得なくなった。それは不運のようでいて、ある意味では幸運だったのかもしれません。
音を上げない体のほうが、止めどきが分からないのです。
誤解のないように書いておきますが、心配だけを申し上げたいのではありません。
崩れかけた初回を自分で立て直し、十三人を連続で仕留めて帰ってくる。あの投球は、単純に見事でした。数字を並べて驚くより、あの一試合を見ているほうが、この投手の質はよく分かると思います。
ただ、大谷選手に休めと四回も書いた人間として、もう一人の投げ続けている選手を、称賛だけで通り過ぎるわけにはいきませんでした。
十月が近づいています。そこで山本投手がまたマウンドに立つことは、まず間違いないでしょう。そして、おそらく七回まで投げます。
それを見たいと思う気持ちと、そこまでやらせてよいのかと思う気持ちが、私の中で同居しています。この二つは、たぶん最後まで折り合わないのだと思います。
本稿を書いた翌日、ロバーツ監督の会見がありました。私が第五節に書いた引っかかりに、別の角度から答えているように思えましたので、書き留めておきます。
チームの高齢化について問われた場面です。監督は、自分たちが大リーグで最も年齢の高いチームだろうと認めたうえで、若手を入れられていることを挙げました。フリーランド選手にはいい助走ができた、ホセにも経験を積ませられている、と。
そして、こう続けたのです。
この言い方に、私は少し驚きました。
休養が、与えるものではなく、勝って得る権利として語られている。
私はこれまで四回、大谷選手について休ませるべきだと書いてきました。そのとき私が思い描いていた休養は、球団が判断して与えるものでした。順位表に余裕があるのだから休ませてよい、と。
監督の言い方は、順序が違います。休ませられる状態を、自分たちの手で作らなければならない。負けが込めば主力を外せなくなり、外せなければ疲労が溜まり、疲労が溜まればさらに負ける。休養は、勝っている者にしか許されない。
そう考えると、本稿で書いた引っかかりの一部は、ほどけます。
山本投手が九月に七回まで投げ続けているのは、休養を削っているからではなく、休養を作るためでもあるのかもしれません。 先発が七回を投げれば、救援陣が休めます。試合を早く決めれば、抑えを温存できます。実際この会見でも監督は、昨夜は何点か取り残したせいで特定の投手を使わざるを得ず、その投手が今日使えなくなったと嘆いていました。
一人が長く投げることが、他の何人かを休ませている。そういう仕組みになっているわけです。
監督はさらに、こう述べました。このチームは、これまでのどのチームよりも、あの一週間の休みが有益になるだろう、と。
地区優勝を決めた球団には、プレーオフの一回戦が免除され、一週間ほどの休みが入ります。その一週間を取りにいくために、九月に投げている。 そう読むこともできます。
もっとも、それで私の心配が消えたわけではありません。一週間休めば一年半の蓄積が帳消しになる、というものでもないでしょう。
ただ、本稿で私は「止めどきが分からない」と書きました。少なくとも現場には、止めどきをどこに置くかという考えがある。そのことが分かったのは、収穫でした。