おてんとうさまの下で記録 / 本文

見えているのは、水の上だけ

――艦艇通過の発表と、備えについて
2026年9月20日論考防衛・安全保障

九月十六日、防衛省・統合幕僚監部が二件の発表をしました。

前日に、中国海軍の艦艇が日本周辺を通過したという内容です。

一、何が発表されたか

発表の中身を、そのまま書き出しておきます。

令和八年九月十五日
午前七時ごろ 都井岬(宮崎県)の南東約五十キロの海域を北西進する、ルーヤンⅢ級ミサイル駆逐艦「日喀則」(艦番号一五九)とジャンカイⅡ級フリゲート「宜興」(同五三七)を確認。その後、大隅海峡を西進し、東シナ海へ向かった。
午前十時ごろ 奄美大島の北東約百キロの海域を西進する、同じくルーヤンⅢ級駆逐艦「包頭」(同一三三)とジャンカイⅡ級フリゲート「玉渓」(同五三五)を確認。その後、奄美大島と横当島の間を南西進し、東シナ海へ向かった。
いずれも領海への侵入はなし。海上自衛隊のミサイル艇「しらたか」などが警戒監視にあたった。

艦の名前と番号まで公表されています。海上自衛隊がどの艦を出したかも書かれています。

そして、大事な点が二つ添えられていました。

一つは、この四隻はいずれも、八月二十二日に沖縄本島と宮古島の間を南下した艦と同一であるということ。行きと帰りが把握されています。

もう一つは、中国海軍の艦艇が大隅海峡を通過したのは、今年度でこれが六回目だということです。

二、騒ぐ話ではない、けれども

六回目と聞けば、感じ方が変わります。

昨年十一月にも、駆逐艦と補給艦を含む三隻が大隅海峡を東へ抜けています。これは珍しい出来事ではありません。

航行の目的について、防衛省は「情報収集に取り組んでいる」という言い方をしています。何のための航行かを、政府は断定していません。

ですから、これを台湾有事の準備だと決めつけるのは行き過ぎです。そう見る方もおられますし、その見方が成り立たないとも思いません。ただ、公表された情報だけで断定はできません。

しかし、逆のことも言えます。

六回目だということを、私たちのどれだけが知っていたでしょうか。

日常的に起きていることを、私たちは知らない。それが今回、いちばん引っかかった点でした。

三、空でも、同じことが起きている

海の話をしてきましたが、空はもっとはっきりしています。

統合幕僚監部は、航空自衛隊の緊急発進の回数を四半期ごとに公表しています。令和七年度の数字は、こうでした。

令和七年度の緊急発進
年間の回数 五百九十五回
相手国・地域別 中国機 三百六十六回/ロシア機 二百十四回/その他 十五回
航空方面隊別 南西 三百四十八回/北部 百六十五回/西部 四十六回/中部 三十六回

一年に五百九十五回。おおよそ、一日に一回半です。

そして、その半分以上が南西航空方面隊、つまり沖縄周辺で起きています。

月ごとの数字も出ています。令和八年一月が四十一回、二月が五十四回。昨年十二月は七十九回でした。公表されているのです。 誰でも見られるところに、毎月出ている。

それでも、私たちはこの数を知りません。海は発表が見過ごされ、空は数字が見過ごされている。 違いは、それだけです。

四、四国沖まで来ている

もう一つ、書き留めておくべき事例があります。

令和八年六月二十七日、統合幕僚監部が公表した内容です。

中露爆撃機の共同飛行(令和八年六月二十七日)
午前から午後にかけて、東シナ海から日本海へ進出した中国の爆撃機(H-6)二機が、日本海でロシアの爆撃機(Tu-95)二機および哨戒機(Tu-142)二機と合流し、東シナ海まで共同飛行。
同日午後、ロシアの爆撃機二機に、大陸方面から新たに飛来した中国の爆撃機二機が合流し、東シナ海から四国沖の太平洋にかけて長距離にわたり共同飛行。
これらの際、中国の戦闘機(J-16)およびロシアの戦闘機(Su-30)が随伴。航空自衛隊が戦闘機を緊急発進させて対応した。

同じような共同飛行は、昨年十二月九日にも確認されています。一度きりの出来事ではありません。

私がここで目を留めたのは、場所です。

四国沖。南西諸島の話ではありません。本州のすぐ南です。

二国の爆撃機が編隊を組んで、そこまで飛んできている。そして、それが公表されている。

五、発表されるのは、水の上だけ

もう一つ、気づいたことがあります。

発表されているのは、水上を進む艦の動きだけです。

海の下で何が起きているかは、公表されません。

ただ、まったく公表されないわけでもないのです。過去には、こういう事例が発表されています。

令和三年(二〇二一年)九月
十日午前、奄美大島東側の接続水域において、潜没したまま航行する潜水艦を海上自衛隊が確認。近くを中国海軍のルーヤンⅢ級ミサイル駆逐艦が航行していたことから、防衛省は中国のものと推定した。領海への侵入はなし。
十二日午前にも、横当島の付近で同様に確認された。

場所は奄美大島の周辺と横当島です。今回、艦艇が通過したのとほぼ同じ海域です。 そして近くにいたのも、ルーヤンⅢ級の駆逐艦でした。

五年前の話ですが、駆逐艦と潜水艦が近接して動いた例が、実際に公表されているということです。

今回もそうだったのか。そこは分かりませんし、書きません。発表されていないことを、外から推し量るべきではないと思います。

六、公表しないという判断

では、なぜ公表されないことがあるのか。

ここには、はっきりした理由があると指摘されています。

潜没している潜水艦を見つけたと発表することは、自国がどこまで探知できるかを明かすことに等しいからです。軍事的な合理性から言えば、好ましいことではない。

そして、こうも言われています。潜没航行中の潜水艦を探知できたということは、政治的な決断さえあれば、いつでもこれを無力化できるということを意味する、と。

つまり、公表しないことそのものが、運用の一部です。

私たちが目にしている発表は、海上自衛隊が把握していることの全部ではありません。見せてよいところだけが、見せられている。

これは隠蔽ではないと思います。全部を明かせば、把握する力そのものが失われます。

七、では、私たちは何を備えるのか

ここからが本題です。

見えている部分だけで判断してはいけない。かといって、見えない部分を推測しても仕方がない。では、一般の人間は何をすればよいのでしょうか。

私の考えは、単純です。

何が起きるかを当てようとするのではなく、何が起きても困らないようにしておく。

幸いなことに、備えの中身は、有事に限ったものではありません。地震でも、台風でも、大雪でも、役に立つものばかりです。

一、水と食料
最低でも三日分、できれば一週間分。水は一人一日三リットルが目安とされています。特別なものを買い揃える必要はなく、普段食べているものを少し多めに置いて、古いものから使っていけば足ります。
二、連絡の手段と、待ち合わせの約束
電話がつながらなくなることは、災害のたびに起きています。家族と、どこで落ち合うかを決めておく。 それだけで随分違います。決めていなければ、探し合うことに時間を使うことになります。
三、現金と、燃料
停電すれば、カードも電子決済も使えません。小額の現金を分けて持っておく。車の燃料は、半分を切ったら入れる習慣にしておく。
四、情報の取り方を、決めておく
こういう場面では、必ず出所の怪しい話が回ります。どこを見るかを、平時のうちに決めておく。 自治体の防災情報、気象庁、国民保護ポータル。慌ててから探すと、見つかるのは別のものです。

島嶼部にお住まいの方には、これに避難の経路が加わります。国民保護法に基づく住民避難の計画は、自治体ごとに作られています。お住まいの市町村のものを、一度ご覧になっておくとよいと思います。

八、備えることは、煽ることではない

こういうことを書くと、不安を煽っていると受け取られることがあります。

そうではないと申し上げたい。

備えの良いところは、外れても無駄にならない点です。台湾で何も起こらなくても、水と食料の備蓄は地震で役に立ちます。家族との約束は、台風の日にも効きます。

逆に、備えないことの代償は一方的です。何も起きなければ何も失いませんが、起きたときには全部が跳ね返ってきます。

賭けとして、明らかに割が合いません。

そして、備えている人は落ち着いていられます。慌てる人が減れば、それだけで被害は小さくなる。自分の備えは、そのまま周りへの貢献でもあります。

結び

ウクライナのことがあって以来、日本人の受け止め方は変わったように思います。以前なら、こういう話は縁起でもないと言われて終わりでした。

今は、目を逸らさずに事実を見る人が増えました。そのこと自体は、良い変化だと思っています。

ただ、見た先で何をするかが大事です。恐れるだけでは何も守れませんし、騒ぐだけでは誰も救えません。

九月十五日に四隻が通ったのは事実です。それが六回目であることも事実です。空で年に五百九十五回の緊急発進があったことも、爆撃機の編隊が四国沖まで来たことも、公表された事実です。目的が公表されていないことも、海の下が発表されないことも、事実です。

事実を事実として受け取って、自分にできることをする。 それが、外にいる人間にできることの全部だと思います。

なお私は、こうした備えを個人の心がけに任せるのではなく、制度として組み立てておくべきだと考えており、国民強靱化基礎役務制度という形で提言をまとめてきました。その中身については、稿を改めます。

※本稿の艦艇および航空機の動向に関する記述は、防衛省・統合幕僚監部の発表および各報道に基づいています。緊急発進の回数は令和七年度の公表値です。過去の潜水艦に関する事例も、公表された内容の範囲にとどめました。発表されていない事柄について、推測は行っていません。備えに関する記述は、内閣官房および各自治体が示す一般的な指針に沿ったものです。
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