九月十六日、防衛省・統合幕僚監部が二件の発表をしました。
前日に、中国海軍の艦艇が日本周辺を通過したという内容です。
発表の中身を、そのまま書き出しておきます。
艦の名前と番号まで公表されています。海上自衛隊がどの艦を出したかも書かれています。
そして、大事な点が二つ添えられていました。
一つは、この四隻はいずれも、八月二十二日に沖縄本島と宮古島の間を南下した艦と同一であるということ。行きと帰りが把握されています。
もう一つは、中国海軍の艦艇が大隅海峡を通過したのは、今年度でこれが六回目だということです。
六回目と聞けば、感じ方が変わります。
昨年十一月にも、駆逐艦と補給艦を含む三隻が大隅海峡を東へ抜けています。これは珍しい出来事ではありません。
航行の目的について、防衛省は「情報収集に取り組んでいる」という言い方をしています。何のための航行かを、政府は断定していません。
ですから、これを台湾有事の準備だと決めつけるのは行き過ぎです。そう見る方もおられますし、その見方が成り立たないとも思いません。ただ、公表された情報だけで断定はできません。
しかし、逆のことも言えます。
日常的に起きていることを、私たちは知らない。それが今回、いちばん引っかかった点でした。
海の話をしてきましたが、空はもっとはっきりしています。
統合幕僚監部は、航空自衛隊の緊急発進の回数を四半期ごとに公表しています。令和七年度の数字は、こうでした。
一年に五百九十五回。おおよそ、一日に一回半です。
そして、その半分以上が南西航空方面隊、つまり沖縄周辺で起きています。
月ごとの数字も出ています。令和八年一月が四十一回、二月が五十四回。昨年十二月は七十九回でした。公表されているのです。 誰でも見られるところに、毎月出ている。
それでも、私たちはこの数を知りません。海は発表が見過ごされ、空は数字が見過ごされている。 違いは、それだけです。
もう一つ、書き留めておくべき事例があります。
令和八年六月二十七日、統合幕僚監部が公表した内容です。
同じような共同飛行は、昨年十二月九日にも確認されています。一度きりの出来事ではありません。
私がここで目を留めたのは、場所です。
二国の爆撃機が編隊を組んで、そこまで飛んできている。そして、それが公表されている。
もう一つ、気づいたことがあります。
発表されているのは、水上を進む艦の動きだけです。
海の下で何が起きているかは、公表されません。
ただ、まったく公表されないわけでもないのです。過去には、こういう事例が発表されています。
場所は奄美大島の周辺と横当島です。今回、艦艇が通過したのとほぼ同じ海域です。 そして近くにいたのも、ルーヤンⅢ級の駆逐艦でした。
五年前の話ですが、駆逐艦と潜水艦が近接して動いた例が、実際に公表されているということです。
今回もそうだったのか。そこは分かりませんし、書きません。発表されていないことを、外から推し量るべきではないと思います。
では、なぜ公表されないことがあるのか。
ここには、はっきりした理由があると指摘されています。
潜没している潜水艦を見つけたと発表することは、自国がどこまで探知できるかを明かすことに等しいからです。軍事的な合理性から言えば、好ましいことではない。
そして、こうも言われています。潜没航行中の潜水艦を探知できたということは、政治的な決断さえあれば、いつでもこれを無力化できるということを意味する、と。
つまり、公表しないことそのものが、運用の一部です。
私たちが目にしている発表は、海上自衛隊が把握していることの全部ではありません。見せてよいところだけが、見せられている。
これは隠蔽ではないと思います。全部を明かせば、把握する力そのものが失われます。
ここからが本題です。
見えている部分だけで判断してはいけない。かといって、見えない部分を推測しても仕方がない。では、一般の人間は何をすればよいのでしょうか。
私の考えは、単純です。
幸いなことに、備えの中身は、有事に限ったものではありません。地震でも、台風でも、大雪でも、役に立つものばかりです。
島嶼部にお住まいの方には、これに避難の経路が加わります。国民保護法に基づく住民避難の計画は、自治体ごとに作られています。お住まいの市町村のものを、一度ご覧になっておくとよいと思います。
こういうことを書くと、不安を煽っていると受け取られることがあります。
そうではないと申し上げたい。
備えの良いところは、外れても無駄にならない点です。台湾で何も起こらなくても、水と食料の備蓄は地震で役に立ちます。家族との約束は、台風の日にも効きます。
逆に、備えないことの代償は一方的です。何も起きなければ何も失いませんが、起きたときには全部が跳ね返ってきます。
賭けとして、明らかに割が合いません。
そして、備えている人は落ち着いていられます。慌てる人が減れば、それだけで被害は小さくなる。自分の備えは、そのまま周りへの貢献でもあります。
ウクライナのことがあって以来、日本人の受け止め方は変わったように思います。以前なら、こういう話は縁起でもないと言われて終わりでした。
今は、目を逸らさずに事実を見る人が増えました。そのこと自体は、良い変化だと思っています。
ただ、見た先で何をするかが大事です。恐れるだけでは何も守れませんし、騒ぐだけでは誰も救えません。
九月十五日に四隻が通ったのは事実です。それが六回目であることも事実です。空で年に五百九十五回の緊急発進があったことも、爆撃機の編隊が四国沖まで来たことも、公表された事実です。目的が公表されていないことも、海の下が発表されないことも、事実です。
事実を事実として受け取って、自分にできることをする。 それが、外にいる人間にできることの全部だと思います。
なお私は、こうした備えを個人の心がけに任せるのではなく、制度として組み立てておくべきだと考えており、国民強靱化基礎役務制度という形で提言をまとめてきました。その中身については、稿を改めます。