ドジャースのパーソナルトレーナー、矢田修先生について、もう一度書きます。
きっかけは、ある動画でした。
その動画では、他の球団の名だたる選手たちが、矢田先生に体を診てほしいと頼みに来る場面が、物語仕立てで語られていました。痛めた選手が先生の前に立ち、先生は痛い場所ではなく足の裏から見始める。そして、周りの誰も気づかなかった体の偏りを言い当てる、というものです。
見ていて、胸のすくような話でした。
ただ、調べてみると、そういうことがあったという報道は見当たりませんでした。 登場する選手たちの言葉も、どこで語られたものか示されていません。おそらく、作られた場面です。
ですから、選手の名前も、語られた台詞も、ここには書きません。
それでも、この動画のことを書いておきたいと思ったのには、理由があります。
まず、確かめられることを並べます。
矢田先生は、昭和三十四年香川県生まれの柔道整復師です。大阪で接骨院を開き、長年の臨床から、立つ・歩く・走るという身体本来の動きを取り戻す理論を築いてこられました。そして六十六歳で、ドジャースの正式なスタッフになっています。
山本由伸投手は、先生のことを、自分を作った人だと語っています。昨年のワールドシリーズでは、第六戦のあとに治療にあたり、第七戦の当日にも状態を確かめて、連投を後押ししました。ドジャースの球団社長は、山本投手の練習法を最初に見たとき、信じられなかったと述べています。
そして今年の春季キャンプでは、ムーキー・ベッツ選手が、矢田先生から槍投げの練習の指導を受けている映像が公開されました。
日本から来た投手の専属トレーナーが、球団の正式なスタッフになり、アメリカの主力選手までが指導を受けている。ここまでは、確かな火です。
矢田先生ご自身は、今年三月の取材で、こう語っておられます。
目指すのは、東洋医学と西洋医学の架け橋である。そのうえでの課題は、言葉にできないものをどうやって伝えるかであり、言葉だけでなく、身体を通して分かってもらおうとしている、と。
そして、こういう言い方をされました。
私は、この言葉に感心しました。
東洋のやり方を持ち上げて、西洋を下げているのではないのです。東洋にも欠けているものがあると、はっきり言っておられる。全体ばかり見ていて、目の前の一本を見落とすことがある、と。
だから、どちらかを選ぶのではなく、両方を見る。
六十六歳でアメリカへ渡った方が、自分の流儀を押し通しに行ったのではなく、橋を架けに行ったのだということが、この言葉からよく分かります。
ここで、先ほどの動画に戻ります。
動画の中の矢田先生は、痛い場所ではなく全体を見ていました。足の裏から整え、体の中でいちばん強く働いているところを探し、そこから崩れを直していく。
これは、先生ご本人の言う「木を見て森も見る」と、ちゃんと重なっています。
つまり、あの動画を作った人は、矢田先生の考え方をよく調べているのです。場面は作り物でも、そこに描かれた考え方は、本物の火から取られている。
だから、本当らしく聞こえるのだと思います。
そして、ここが難しいところです。考え方が本物だからといって、場面まで本物だということにはなりません。煙の形が火に似ていても、煙は煙です。
それでも、私はあの動画を、ただの作り話として捨てる気になれません。
火のないところに煙は立たない、と昔から言います。
他の球団の一流選手までが、あの人に体を診てほしがっている。そういう物語が作られ、何万人もの人に見られている。そのこと自体が、そこにどれだけの火があるかを示していると思うのです。
誰も知らない人について、こういう物語は生まれません。山本投手の活躍があり、ワールドシリーズの第七戦があり、ベッツ選手の槍投げがあった。見ている人たちが、あの先生ならありそうだと感じているから、煙が立つ。
ですから、私はこう書き分けておきます。
他球団の選手が頼みに来たという話は、確かめられない。確かめられないことは、書かない。
けれど、そういう話が出回るほどの人がドジャースにいる、ということは確かです。
前の稿で、私は、矢田先生が持ち込んだのは最新の機械でも薬でもなく、立ち方と歩き方だったと書きました。
今回、ご本人の言葉を読んで、もう一つ分かったことがあります。
先生が持ち込んだのは、日本のやり方そのものではありませんでした。日本のやり方と、あちらのやり方の間に、橋を架けることでした。
木を見て、森も見る。
これは、私がこの場所で続けてきたことにも通じる気がします。伝えられている話という森を見ながら、確かめられる事実という一本一本の木を見る。どちらか片方では、足りないのです。
煙が立つほどの火が、ロサンゼルスで燃えています。私は、その火のほうを見ていたいと思います。