九月初め、テスラは無人運転タクシー「サイバーキャブ」の発表の場で、新しいモーターを披露しました。同社によれば、駆動装置一式は、競合する電気自動車のものより18%小さく、25%軽いといいます。
そして、発表の場にいなかったマスク氏が、あとからSNSでひと言付け加えました。このモーターには希土類(レアアース)を一切使っていないのに、航続距離は変わらない。しかも、それを実現するのは極めて難しかった、と。
車好きの間では、小さく軽くなったことが話題になりました。けれども、私が目を留めたのは、むしろ「使っていない」ほうです。
いまの電気自動車の多くは、ネオジムという希土類を使った強力な磁石でモーターを回しています。小さくても力が出て、効率もよいからです。
ただ、この磁石は熱に弱い。そこで、ジスプロシウムやテルビウムといった、さらに希少な元素を少しだけ加えて、熱に耐えられるようにしています。その量は、一台あたりゴルフボール一個分ほどにすぎません。
ところが、この「ほんの少し」がなければ磁石は規格を満たさず、モーターができず、何百万円もする車が工場から出てこない。急所は、驚くほど小さなところにあります。
この急所を、いま最も強く突かれているのは日本です。
中国は2025年4月、ジスプロシウムやテルビウムなど七種の希土類の輸出を許可制にしました。同年10月に打ち出された追加の規制は、米中首脳会談を受けて2026年11月10日まで一時停止となりましたが、今年1月6日には、日本向けに限った輸出管理の強化が即日施行されました。
影響は、はっきり数字に出ています。日中関係の悪化を受けて、今年3〜4月の対日輸出量は前年同月比で八割を超えて減りました。磁石に欠かせないジスプロシウムとテルビウムに至っては、今年に入ってから対日輸出がゼロだと報じられています。
現場の声も伝わってきます。ある日本の装置メーカーの担当役員は、昨年11月から磁石の輸入が止まり、ここまで深刻なのは初めてだと話し、いまは国内の在庫やリサイクル品でしのいでいるそうです。
振り返れば、日本は2010年の尖閣沖の事件のあとにも、同じ希土類で揺さぶられました。十五年たって、同じ急所を、より強く押されているわけです。
ここで、話を車の外に広げます。
希土類の磁石が入っているのは、電気自動車だけではありません。米国防総省などの資料によれば、F-35戦闘機一機を造るのに400キロを超える希土類が要り、駆逐艦や潜水艦では二トンから五トンにもなります。巡航ミサイルの舵を動かすのも、無人機のプロペラを回すのも、レーダーを働かせるのも、同じ系統の磁石です。
つまり、車を止められる急所は、そのまま国を守る装備を止められる急所でもあるのです。民生と軍事の両方に使える、いわゆる「両用品」の典型です。
相手もそれを承知しています。中国は昨年10月、外国の軍と関わりのある企業には原則として輸出を許可しない、という方針を打ち出しました。この措置は米中首脳会談を受けて一時停止されていますが、その停止の期限は、今年の11月10日です。あと六週間ほどで、再び動き出すかもしれません。
そして、今年1月に日本向けに強化された輸出管理は、まさにこの「両用品」を名目にしたものでした。日本の自動車工場が困っているのと同じ理由で、日本の防衛産業も、同じ急所を握られていることになります。
これからの戦いでは、安価な無人機を大量に作れるかどうかが勝敗を分けると言われます。無人機一機ごとに、小さなモーターと小さな磁石が要ります。磁石を作れない国は、数をそろえられない。そういう時代に入りつつあります。
テスラの新しいモーターが示しているのは、この問題への、もう一つの答え方です。
資源を確保しようとすれば、調達先を増やし、備蓄を積み、他国と奪い合うことになります。それも必要なことです。けれども、テスラが選んだのは、そもそもその資源を必要としない機械を設計する道でした。
面白いのは、これが新しい発想ではないことです。同社の名の由来であるニコラ・テスラは、百三十年以上前に、永久磁石を使わずに回る電動機を考え出しました。ありふれた材料と、電磁気の巧みな設計だけで回るモーターです。いまのテスラは、その原点に、現代の技術で戻ろうとしているように見えます。
ここは、冷静に書き分けておきます。
テスラは、磁石に何を使っているのかを明らかにしていません。鉄を主成分とするフェライト磁石ではないか、という見方が出ていますが、これは専門家の推測にとどまります。小さく軽くなったという数字についても、独立した検証はまだ行われていないと指摘されています。
効率についても、ある専門メディアは、テスラが大きさや重さの改善率は示したのに、効率の改善率は示さなかった点に注目し、改善の幅はそれほど大きくないのだろうと見ています。
そして、この新しいモーターは、今のところサイバーキャブ専用です。ほかの車種に広げるかどうか、公式な発表はまだありません。
希土類を減らす取り組みは、テスラだけのものでもありません。BYDなど他社も、希土類の使用を減らしたり、なくしたりするモーターの開発を進めています。日本のメーカーにも、磁石の研究で長い蓄積があります。
これまで電気自動車の将来は、主に電池の話として語られてきました。どれだけ遠くまで走れるか、どれだけ早く充電できるか、です。
けれども、今回の件が示しているのは、もう一つの物差しです。
性能が同じなら、止められる心配のない部品で作れる車のほうが強い。これからの電気自動車の競争は、速さや航続距離だけでなく、急所をどれだけ持たずに済むかという競争にもなっていくのだと思います。
これは、国の備えについても同じです。日本も手をこまねいているわけではありません。経済安全保障推進法では、永久磁石を「特定重要物資」の一つに指定し、国として供給の確保を支えています。今年2月には、南鳥島沖の水深約6000メートルの海底から、希土類を含む泥を引き揚げることにも成功しました。来年2月ごろに大規模な実証試験を行い、2028年度以降の産業化を目指すとされています。
調達先を増やす。自分の足元の資源を掘る。そして、そもそも要らない設計にする。この三つは、どれか一つではなく、重ねて初めて備えになります。テスラのモーターは、その三つめの道が、机上の空論ではないことを示しました。
資源を持たない国の強さは、資源に頼らない知恵にあります。これは、日本が戦後ずっと実践してきたことでもあります。
そして、その知恵は、豊かさのためだけでなく、国を守るためにも要ります。急所を握られた国は、交渉の席で強く出られません。急所を持たない国は、脅しに屈する理由を持ちません。
テスラの小さなモーターは、日本の技術者にとって、脅威であると同時に、懐かしい問いかけでもあるのではないでしょうか。持たざる者は、どう戦うか。
その答えを、かつて世界に示したのは、日本でした。