テスラのイーロン・マスク氏が、人型ロボット「オプティマス」の第4世代について、年に1千万台という数字を口にしました。3秒に1台の計算です。ところが、その一つ前の第3世代は、約束の期限を過ぎた今も、公の場に姿を見せていません。
この顛末を追った海外のYouTube番組を見て、私は一つのことに気づきました。テスラがこの一年で見せたものは、ほとんど「手」だけだった。そして、その手こそが最大の難所になっている。今回から三回に分けて、ロボットの手と人の手について考えてみます。
製造を意味する英語の manufacture は、ラテン語の manu(手で)と factura(作ること)を組み合わせた言葉です。今でこそ、工場で機械が大量にものを作ることを指しますが、言葉の芯には「手で作る」という意味がそのまま残っています。
人の代わりに働くロボットをつくるということは、言ってみれば、人の手の代わりになるものをつくることです。歩くことも、見ることも大切ですが、ものを作り、運び、整える仕事の最後の一押しは、いつも手が担ってきました。だとすれば、ロボットの勝負所もまた、手にあるはずです。
マスク氏は第3世代について、「ロボットの着ぐるみを着た人に見えるほど人間らしくなる」と約束していました。発表は今年の第1四半期と、株主向けの書簡にまで書かれていました。しかし期限の最終日、催促する声にマスク氏が返したのは「もう歩いているが、仕上げが要る」という短い一言だけでした。
番組によれば、この一年で公になった第3世代の姿は、片手で数えられるほどです。講演のスライドに映った輪郭、テスラのアプリのファイルから見つかった画像、そしてハロウィンの予告映像。その予告で墓から這い出してきたのは、機械の手でした。
中国の小鵬汽車(シャオペン)は、2025年11月、人型ロボット「IRON」を発表しました。歩く姿があまりに自然で、「中に人が入っている」と疑われたため、壇上で脚の外装を切り開き、中のモーターや配線を見せて証明しています。
見せることを恐れない国と、見せられない事情を抱えた会社。その差はどこから来るのか。番組が指摘する答えの一つが、手です。
2026年9月25日、米国の報道サイト The Information は、オプティマスの量産が手でつまずいていると報じました。他の媒体の伝えるところでは、片方の手には100本を超えるネジと細かい部品があり、その多くは今も人の手で組み立てられています。部品の精度は自動車よりも厳しく、組み上がった後の手直しが増えているといいます。
指先で触れたものを感じ取るセンサーも、安定して働かないことがある。そこでテスラは、触覚センサーを組み込んだ交換式の「感覚の手袋」を開発しているそうです。壊れたら手袋だけを取り替える、という発想です。
自由度は22。人の手とほぼ同じ数の、独立した動きができるように設計されています。
指の中にモーターを入れると、手が太く重くなる。そこでテスラは、自然と同じ方法を選びました。筋肉にあたるモーターを前腕に移し、腱のような細い糸で指を引くのです。
指一本に3本、計15本ほどの糸が細い手首を通ります。手首を回しても、糸が張りつめたり擦れ合ったりしてはならない。一方、モーターの詰まった前腕は狭く、熱がこもります。
マスク氏自身、今年4月に「オプティマスには1万点の固有部品があり、生産の速さは一番遅い部品で決まる」と語っています。報道を読むかぎり、その「一番遅い部品」が手なのです。
使う側でも、手は弱点になっています。米国のフィギュア社は、自社の人型ロボットを独BMWの工場で一年近く試験し、最もよく壊れたのは前腕だったと認めた、と番組は伝えています。
私たちは毎朝、茶碗を持ち、ボタンを留め、字を書きます。卵を割らずに持ち、熱い湯呑みの縁にそっと指をかけます。そのどれもが、考えるより先に手が覚えている動きです。
世界の最先端の技術者たちが、何年もの時間と莫大な資金をかけて、まだその手に届いていない。そう思うと、自分の手をあらためて見つめたくなります。人の手は、何百万年もかけて磨かれてきた、一つの傑作なのだと思います。
では、ロボットの手はどうやって、人の手に近づこうとしているのか。答えの一つは、意外なものでした。ロボットは、人の手を「見て覚えて」いるのです。次回は、その学び方と、そこで日本が果たせる役割について書きます。
人口減少の日本が選ぶべき道は、人型の自律知能(FAI)を育てることだと考え、提言にまとめています。この連載は、その提言を「手」から考え直す試みです。
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牧正人史先生が昭和三十三年に発見された姓名科学の体系を、デジタルの形で遺す仕事を続けています。お名前から、その方の持つ数理をご覧いただけます。
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