「テスラの自動運転が世界を席巻し、トヨタは遅れた」。ニュースやSNSで、そんな声を目にした方も多いと思います。今回見たのは、その見方に異を唱える動画番組です。トヨタは遅れたのではなく、テスラとは違う道をあえて選んだのだ、と番組は語ります。鍵になるのは、次世代の車載ソフト「Arene(アリーン)」と、最新のAIを安全の枠の中で使う独自の設計、そして静岡県裾野市の実験都市「ウーブン・シティ」です。
番組の語り口は熱く、日本のものづくりへの誇りに満ちています。私も読みながら胸が熱くなりました。だからこそ、どこまでが発表や報道で確かめられる事実で、どこからが番組の見立てなのかを分けておきたいと思います。これまでの記事と同じく二部に分け、第一部で確かめられたことを整理し、第二部で番組の主張を一つずつ表にしました。
SDVへの流れは事実です。買ったあとも通信でソフトを書き換え、機能を増やしていく車のことで、テスラが先行し、中国の各社が追いかけています。日本でも、2026年を「SDV元年」と呼ぶ報道が出ています。
二つの道の違いも、大筋では当たっています。テスラは「FSD(フルセルフドライビング)」を、運転者の監視を前提にした機能として利用者に広く配り、集めた映像でAIを鍛えてきました。トヨタは、2019年に「トヨタ・ガーディアン」という考え方を打ち出しています。人に代わって運転する「ショーファー(運転手)」ではなく、人の運転を見守り、危ないときだけ助ける「ガーディアン(守り手)」を先に磨く、というものです。トヨタは当時、これを「人の運転を取り上げるのではなく、高める」技術だと説明しました。
事実です。トヨタは2016年、5年で10億ドルを投じてアメリカにトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)を設けました。初代の最高経営責任者は、米国防総省の研究機関DARPAでロボット研究を率いたギル・プラット氏です。2018年には、デンソー、アイシンと組んで東京にTRI-ADを設け、自動運転と安全のソフト開発を集めました。これが2021年にウーブン・プラネットとなり、いまのウーブン・バイ・トヨタにつながっています。
TRIは、プロのドリフト運転の技を車の制御に生かす研究も、スタンフォード大学やトヨタのモータースポーツ部門と進めています。滑りやすい路面で限界に近い動きをしても、車を立て直せるようにするための研究です。番組の言う「氷の上で滑りながら障害物を避ける自動ドリフト」は、この研究のことだと思われます。
技術の流れとしては事実です。テスラは2024年のFSDの版から、人が書いたルールを大きく減らし、映像から運転の操作までを一つのAIで学ばせる方式に切り替えました。AIの判断の理由が人に説明しにくいことも、研究者の間で広く指摘されている課題です。
カメラだけの方式への懸念も、公的な調査があります。米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)は2026年3月、FSDを積んだ約320万台に調査を広げました。強いまぶしさや砂ぼこりなどで見通しが悪いとき、カメラ頼みの仕組みが危険を見落としたり、衝突の直前まで運転者に知らせなかったりしたおそれがある、というものです。関連が疑われる事故は9件で、うち1件は死亡事故でした。この段階は、リコールを求める前に必要な手続きです。ただし、テスラの事故がすべてこの理由によるとまでは言えません。
方向としては、トヨタの発表と重なります。トヨタは2028年から乗用車に「レベル2++」と呼ぶ運転支援を載せ、2030年からほかの車種にも広げる計画です。AIに多くの運転を任せて人が手を出す回数を減らしつつ、危ない動きはルールに基づく「ガードレール」が見つけて止める、と説明しています。ソフト開発の責任者は「技術としてはレベル4を開発し、商品としてはレベル2++で出す」と語りました。番組の言う「AIの直感と安全の枠の組み合わせ」は、この考え方に当たります。
ただし、番組の名づける「ハイブリッドE2E」という呼び方や、TRIが生成AIで未来を予測して走る仕組みが実際の車に入っているという点は、発表や報道では確かめられませんでした。研究として取り組んでいることと、売っている車に入っていることとは、分けて考える必要があります。
アリーンは実在し、すでに市販車に載っています。トヨタは2025年5月に新型RAV4を世界で初めて公開し、アリーンを使って開発した最初の車だと発表しました。日本では2025年12月に発売され、価格は450万円からです。アリーンによって、ぶつかる前に止める安全機能の開発が速まり、交差点の死角から飛び出す車も見つけられるようになりました。運転者が急に意識を失ったとき、路肩に寄せて止まる機能も加わっています。
今後の計画も報じられています。ロイター通信によれば、トヨタは2030年までに50車種、年1000万台の新車にアリーンを広げる方針を投資家向けの説明会で示しました。売ったあとも通信で安全や自動運転の機能を足せるようにする、というものです。番組の「2020年代後半に次々と」という見通しは、この計画と合っています。
販売の数は事実です。2025年のトヨタ単独の世界販売は約1054万台、グループ全体では約1132万台で、6年続けて世界一でした。
提携も事実です。トヨタとウェイモは2025年4月、自動運転の新しい車台を共に作り、ウェイモの技術を個人が持つ車に生かす道を探ることで基本合意しました。NVIDIAとは、運転支援の車載コンピューターで組み、2026年7月には工場や都市の分野にまで協力を広げています。スバル、マツダ、スズキとは、資本の提携を結んでいます。
一方、世界を走るトヨタ車が1億台を超えるという数字は、この記事では確かめられませんでした。また、すでに走っている車に後からアリーンや新しいセンサーを載せることはできないため、「桁違いのデータ」が集まるのは、アリーンを積んだ新車が増えてからになります。
後半は事実です。アリーンを初めて載せたRAV4は、ハイブリッドとプラグインハイブリッドの車です。電気自動車でなくてもSDVは作れることを、トヨタ自身が示しました。
前半の電力の話は、方向としては理解できます。ただ、AIやセンサーの電力で走れる距離がどれほど減るかを示す資料は、今回見つかりませんでした。「激減」という言い方は、数字の裏付けを待ちたいところです。
街は実在し、動き始めています。トヨタは2025年9月25日、ウーブン・シティを正式に始動させ、第1期の区域で本格的な実証を始めました。同じ月から、トヨタの関係者とその家族が住み始めています。第1期は最終的に約300人が暮らす計画で、一般の来訪者は2026年度から受け入れる予定です。地下には全部の建物をつなぐ通路があり、天気に左右されずに配達ロボットなどを試せるようにしています。
移動・配送・店舗などに姿を変える車「e-Palette」も、ここで使われます。トヨタは2027年度に、e-Paletteでレベル4の自動運転を実現することを目指しています。
一方で、「理論上すべての事故をゼロにできる」という言い方は、番組の言い過ぎです。トヨタ自身も交通死亡事故ゼロを目標に掲げていますが、それは目指す姿であって、確かめられた結果ではありません。
番組の結びは、「トヨタは遅れていたのではなく、誰も届かない高みへ登る準備をしていた」というものでした。その言葉に励まされる人は多いはずです。ただ、番組自身も認めているとおり、道は平坦ではありません。ソフトの人材の獲得競争、巨大な組織での決定の速さ、そして毎月のように賢くなるテスラや中国の各社との競争があります。
もう一つ、公平のために書いておきます。テスラの側も止まってはいません。テスラは利用者の車から集めた膨大な映像を武器に、AIを磨き続けています。安全への調査を受けていることは事実ですが、その実力を軽く見ることはできません。どちらの道が正しかったかは、これから数年の、実際の事故の少なさで決まるのだと思います。
番組で語られた主な主張を、報道や公式の発表と照らして五つに分けました。これは真偽の最終的な判定ではなく、「いま手に入る資料で、どこまで確かめられるか」を示すものです。調査が進むなど新しい資料が出れば、見直します。
報道で確認 トヨタなどの公式の発表や、複数の報道で裏付けが取れたもの
一部確認 核心は裏付けが取れたが、細部に言い過ぎや食い違い、裏付けの弱いところがあるもの
確認できず 発表や報道で確かめられなかったもの。資料が番組の説明と違うことを示している場合は、そのことを右の欄に記しました
調査で裏付けなし 公的な機関や検証団体が調べたうえで、裏付けが見つからなかったと結論したもの
資料が見当たらない 確かめるための発表や資料そのものが見当たらないもの
| 番組での主張 | 判定 | 報道・発表・調査で分かること |
|---|---|---|
| 世界の車はソフトで進化するSDVへ向かい、テスラが先行し中国が追う | 報道で確認 | 日本でも2026年を「SDV元年」と呼ぶ報道がある |
| トヨタは人に代わる運転より、人を守る「ガーディアン」を優先した | 報道で確認 | 2019年に「トヨタ・ガーディアン」を発表。人の運転を取り上げず高める技術と説明 |
| 2016年にアメリカにAI研究所TRIを設立 | 報道で確認 | 5年で10億ドル。初代CEOはギル・プラット氏 |
| 日本橋にソフト開発の拠点を作り、数千人の技術者が開発 | 一部確認 | 2018年に東京にTRI-ADを設立、のちウーブン・バイ・トヨタに。人数は確かめていない |
| テスラはE2EのAIをいち早く採用した | 報道で確認 | 2024年のFSDの版から、映像から操作までを一つのAIで学ぶ方式へ |
| E2EのAIは判断の理由を説明しにくい(ブラックボックス) | 報道で確認 | 研究者の間で広く指摘される課題 |
| カメラだけの方式は強い光などで目を失い、事故の原因になる | 一部確認 | NHTSAが2026年3月、見通しの悪いときの検知の不足を理由に約320万台へ調査を拡大。関連の疑われる事故9件。すべての事故の原因とまでは言えない |
| トヨタはカメラにレーダーとライダーを組み合わせる | 一部確認 | 複数のセンサーを使う方針は各社の発表と合う。どの車種に何を載せるかは車種ごとに違う |
| AIの外側に、安全のルールで見張る仕組みを置いた | 報道で確認 | 2028年からの「レベル2++」は、AIの運転をルールに基づくガードレールで見張ると説明 |
| 「ハイブリッドE2E」という独自の設計 | 確認できず | この呼び名はトヨタの発表には見当たらない。番組の名づけと思われる |
| TRIは生成AIで数秒先の未来を何通りも予測して走る | 確認できず | 研究としての取り組みはあり得るが、市販車に入っているという発表は見当たらない |
| プロの技を学ばせた自動ドリフトを実現 | 一部確認 | TRIがスタンフォード大学などとドリフトの制御を研究し、車を立て直す安全技術として開発中。氷の上での実演は確かめていない |
| アリーンは車の基本ソフトで、どの車種にも同じソフトを配信できる | 報道で確認 | 2025年の新型RAV4が最初の車。2030年までに50車種・年1000万台へ広げる方針(ロイター) |
| アリーンの実用化は、当初の予定より長い年月がかかった | 確認できず | 2025年までの投入を掲げ、2025年のRAV4で実現。大きな遅れを示す報道は今回見つからなかった |
| 年に1000万台以上を売る世界一のメーカー | 報道で確認 | 2025年はトヨタ単独で約1054万台、グループで約1132万台。6年連続の世界一 |
| 世界を走るトヨタ車は1億台以上 | 確認できず | この記事では確かめられなかった |
| ウェイモ、NVIDIAと提携 | 報道で確認 | ウェイモとは2025年4月に基本合意。NVIDIAとは車載コンピューターで組み、2026年7月に協力を拡大 |
| ハイブリッドならAIの電力も心配ない。EVでなければSDVは作れない、は誤解 | 一部確認 | アリーンを初めて載せたRAV4はハイブリッド車で、後半は事実。電力の差がどれほどかを示す資料は見当たらない |
| ウーブン・シティは街全体が実験室で、地下に物流の道がある | 報道で確認 | 2025年9月25日に始動。住民の入居も開始。全建物をつなぐ地下通路で配達ロボットなどを試す |
| e-Paletteが人や荷物を運び、店にもなる | 一部確認 | e-Paletteは実在し、2027年度にレベル4を目指す。昼は店、夜は無人配送といった運用はこれから |
| 街のセンサーと車が通信すれば、理論上すべての事故をゼロにできる | 確認できず | トヨタも交通死亡事故ゼロを目標に掲げるが、目標であって確かめられた結果ではない |
| アリーンはフランス語で「みんなが集う場所」の意味 | 確認できず | 名前の由来を説明したトヨタの資料は、今回見つからなかった |
確かめてみると、番組の骨組みはおおむね事実に支えられていました。トヨタは早くからAIの研究に大きな投資をし、人を守る技術を先に磨き、アリーンを積んだ車をすでに売り出しています。ウェイモやNVIDIAとも手を組み、ウーブン・シティでは人が暮らしながらの実証が始まりました。「トヨタは何もしていない」という見方が当たっていないことは、はっきり言えます。一方で、「事故をゼロにできる」「テスラも中国も最も恐れている」といった言葉は、目標や見立てであって、確かめられた結果ではありません。
ここからは、私自身の見立てを書きます。
私は学生時代、「常に頂を目指せ」という標語を掲げた多磨塾で、子どもたちを教えていました。目指すのは頂、つまり一番です。いつも全力を込めて一番を取りにいく。その姿勢こそが大切だという意味です。結果として二番になることはあります。しかしそれは結果にすぎません。大事なのは、その過程で一番を目指す努力を続けることだ。そういう戒めを込めて、この標語を使っていました。
かつて国の予算を見直す場で、「二番じゃダメなんでしょうか」という有名な発言がありました。私は、二番ではダメなのだと思います。目標は常に一番であって、初めから二番を狙うのとは違います。
トヨタの安全への姿勢も、同じだと見ています。トヨタは100%の安全を目指していますが、それで事故が決して起こらないとは、トヨタ自身が思っていないはずです。100%を目指しても、起きてしまうことは必ず出てきます。それでも100%を目指し続ける。その積み重ねが、最後に差になって表れるのだと思います。
マスク氏の考え方も理解できます。まず世に出し、走らせながら直していく道に危うさがあることは、おそらく本人も分かっているでしょう。それでも速さを選ぶのか、届かないと知りながら100%を目指して積み上げるのか。そこに、日本人との決定的な違いがあると私は思います。
私の予想は、トヨタの考え方が将来、頂を取るだろう、というものです。番組は最後に「あなたはどちらの車に、自分や大切な家族の命を預けたいか」と問いかけました。私の答えは、頂を目指して積み上げてきた側の車です。
牧正人史先生が昭和三十三年に発見された姓名科学の体系を、デジタルの形で遺す仕事を続けています。
▶ 姓名科学の殿堂へ ▶ お名前を解析する