合唱曲「花は咲く」を聴いていると、涙が自然に出てくる。悲しいから泣くのとは少し違う。歌声が胸の奥の、ふだんは触れずにいる場所にそっと届くのだ。
この歌は、東日本大震災で亡くなった方々の魂を慰め、残された人々を励ますために生まれたのだと思う。聴くたびに、その祈りが歌の底に流れているのを感じる。
「花は咲く」は、震災から一年後の2012年に、NHKの東日本大震災復興支援ソングとして世に出た。作詞は映画監督の岩井俊二さん、作曲・編曲は菅野よう子さんで、お二人とも宮城県の出身である。被災地の出身やゆかりのある歌手、俳優、スポーツ選手たちが、一節ずつ歌いつないでいる。この歌の印税は、被災地への義援金として送られ続けている。
その後、合唱、ピアノ、ヴァイオリン、オーケストラ、さらには外国語でも歌われるようになった。誰もが口ずさめる歌として、世代も国境も越えて広がっていった。
この歌を聴くと、私はもう一つの姿を思い出す。安倍晋三元首相が、この曲をピアノで弾いていた姿である。
2021年、震災から十年の節目の年だった。安倍さんは子どものころに少しピアノを習ったきりで、およそ六十年ぶりに鍵盤に向かったという。その演奏は、10月のジャパン・スピリットコンサートの会場で映像として紹介された。決して上手な演奏ではない。けれども、一音一音を確かめるような優しい音だった。翌年の夏に命を奪われることを思うと、あの演奏は、私にとって忘れられない晩年の姿になった。
あの方は、日本の再生を期して、さまざまな政策を実行した。その途上で、2022年7月8日、奈良で凶弾に倒れた。
あの暗殺の陰に、政権与党の一部の日本人が潜んでいる。私はそう確信している。それが、何よりも悔しい。
(この点について、公の記録で確かめられることと、確かめられないことを、末尾の注に分けて記した。)
2022年9月27日、日本武道館で安倍さんの国葬が営まれた。私も献花に向かった。
会場近くの九段坂公園に設けられた献花台には、朝早くから花を手にした人々が列をなし、受け付けの開始が前倒しされた。列は幾重にも折り返し、数キロに及んだ。平日だったにもかかわらず、若い人が多く、ベビーカーを押す人、子ども連れの姿もあった。
直前まで、多くのメディアは「国論は二分している」と伝え続けていた。けれども、そこにあったのは、静かに順番を待つ人々の、途切れることのない列だった。報じられた姿と、私がこの目で見た姿とは、あまりにも違っていた。
あの方を消したと思った者は、今もどこかにいるのだろう。けれども、あの日ともされた灯は、決して消えることはない。年々歳々、日々、強く大きく広がっていく。
「花は咲く」に込められた気持ちも、同じだと思う。失われたものは戻らない。それでも、残された者がその思いを受け継ぎ、次の世代へ手渡していく。花は、いつか必ず咲く。
記録で確かめられること
・「花は咲く」は2012年、NHKの東日本大震災復興支援ソングとして制作された。作詞は岩井俊二氏、作曲・編曲は菅野よう子氏。被災地にゆかりのある34組がリレー形式で歌い、印税は被災地に送られている。
・安倍元首相の「花は咲く」のピアノ演奏は、2021年10月のジャパン・スピリットコンサート2021の会場で紹介され、同年12月24日に公式YouTubeチャンネル「あべ晋三チャンネル」で公開された。
・国葬は2022年9月27日に日本武道館で行われ、九段坂公園の一般献花には長い列ができて、受け付けが前倒しされた。
・銃撃事件の裁判では、奈良地裁が2026年1月21日、山上徹也被告に求刑どおり無期懲役を言い渡した。弁護側は2月4日に大阪高裁へ控訴し、10月1日に控訴趣意書を提出した。控訴審の日程は、本稿執筆時点で決まっていない。
・一審では、被告の動機は旧統一教会への恨みとされた。
記録からは分からないこと
・本文で筆者が書いた「政権与党の一部の日本人が潜んでいる」という確信を裏づける記録は、公になっている裁判の記録や報道の中には見当たらない。これは筆者の確信であり、記録で確かめられた事実ではない。
・一方で、刑事裁判は起訴された被告の行為と刑を判断する場であり、事件の背後関係をすべて洗い出す場ではない。一審判決は、背後に誰もいなかったことを証明したものでもない。公の記録は、この問いに答えを出していない。
・控訴審でどのような事実が新たに示されるかは、まだ分からない。
牧正人史先生が昭和三十三年に発見された姓名科学の体系を、デジタルの形で遺す仕事を続けています。
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