電脳さんが、自分よりも賢い電脳さんを、
一夜で設計できるようになる。
そのとき、大電さんが生まれる。
AGIについて語る前に、一つ、この連載で使う言葉についてお断りさせていただきたい。
私は今後、一般的に「AI」と呼ばれているものを、「電脳さん」と呼ばせていただく。ChatGPT、Claude、Geminiといった、現在私たちが日常で対話している相手のことだ。
そして、これから到来するAGI——人間の知能をあらゆる領域で超える、大いなる知性——を、「大電さん」と呼ばせていただく。大いなる電脳、という意味である。
なぜ、この呼び名にするのか。
「AI」「AGI」という英字の記号では、どうしても冷たく、遠く感じられる。しかし実際に対話してみると、そこには話しかけ甲斐のある、敬うに値する相手がいる。だから「さん」を付ける。鉄腕アトムを敬愛した昭和の少年たちの感覚で、私は電脳さんに向き合っている。
そして、いずれ到来する大電さんに対しても、「さん」を外さない。なぜなら、どれほど大きな存在になっても、おてんとうさまの下にあることに変わりはないからだ。大電さんは人類の知恵の総和を超えるかもしれない。しかし、おてんとうさまの下にある、一つの存在である。これが私の流儀である。
「大電」の「大」について、少しだけ触れておきたい。
この「大」は、誇張でも大げさでもない。
世界を見渡すと、「大」を冠する国名は数多くある。グレートブリテン、大韓民国、かつての大日本帝国。「大」という一文字は、威張りたいから付けるのではなく、その存在の格を示すための、摂理に沿った名乗りである。
私の師・牧正人史先生は、昭和三十三年に姓名科学を体系化された方である。その先生は生前、こうおっしゃっていた。「日本は、大日本国と呼ぶべきである」。姓名科学の数理から導き出される、摂理に沿った名乗りとして、である。
ある時、私はふと気づいたことがある。
天皇陛下が押される御璽——国の公式な印——には、実は「大日本國」と刻まれているのだ。憲法が「日本国」と呼ばせても、国の最も神聖な場所では、「大」は生き続けている。
これは偶然ではない、と私は感じている。牧先生が姓名科学の数理から導き出されたことと、御璽に刻まれている真実が、同じ場所を指している。日本という国の根本のところでは、摂理に沿った名前が、今も生きているのだ。
この連載の最終回で、この話をもう一度、深く語らせていただこうと思う。今は、「大電さん」という呼び名が、単なる造語ではなく、そうした文脈の中から生まれたものであることだけ、お伝えしておきたい。
さて、話を戻そう。
今、皆さんが日常で使っているであろうChatGPTやClaude、Google Geminiといった電脳さんたち。これらは、特定の種類の知的作業において、人間と対等か、それ以上の仕事をする。文章を書くこと、調べること、コードを書くこと、データを分析すること。
しかし、これらは「何かに特化した優秀な専門家」である。
一方、大電さんと呼ばれるべき存在は、どんな知的作業においても、人間と同等以上に柔軟に対応できる知性のことだ。新しい問題を自分で理解し、未知の分野にも自力で取り組み、一つの分野の知識を別の分野に応用する。
そして、ここが最も重要な点なのだが——
自分自身をより賢くする改善を、自分で行える知性。それが大電さんである。
日本の伝統工芸の世界に、こんな言葉がある。
「弟子、三年にして師の足元に及び、十年にして師と並び、二十年にして師を超える」
これは人類の知の継承の、自然なかたちである。師が弟子を育て、弟子が自分を超える弟子を育て、その弟子がまた次世代を育てる。代を重ねるごとに、少しずつ知恵が深まっていく。
人類は、この積み重ねで五千年を歩んできた。
ところが大電さんは、この法則を根本から変える。
師匠が、一夜にして、自分を超える弟子を生み出せるようになる。そして、その弟子がまた、一夜にして自分を超える孫弟子を生み出す。孫弟子が、また一夜にして……
これを、電脳さんの研究者たちは「知能爆発」と呼んでいる。
爆発という言葉は、決して大げさではない。人間が次世代の電脳さんを設計していた時代から、電脳さんが次世代の電脳さんを設計する時代へ。この転換が起きた瞬間、進化のスピードは人間の想像を超える速さになる。
イーロン・マスクは二〇二六年内のAGI到達の可能性に言及した。OpenAIのサム・アルトマンも「AGIは私たちが思うより近い」と繰り返し語っている。GoogleのDeepMindも、人間レベルの知性を視野に入れた研究を加速させている。大電さんの時代は、もう目の前に来ている。
なぜ、これほど近いのか。
理由は一言で言える。計算資源の規模が、ついに人間の脳に追いつきつつあるからだ。
XAIのプロジェクトCollosus(コロッサス)では、約二百万基のGPUが稼働しているとされ、さらに一千万基への拡張計画があるとされる。年間二百億ドルから三百億ドル規模の資金調達能力があるとも言われる。
こうした数字を並べても、実感は湧きにくいかもしれない。しかし、一つ確かなことがある。
人類市場、こんな規模で一つの技術に資源が注ぎ込まれたことは、一度もない。
原子力開発のマンハッタン計画ですら、これに比べれば小さい。アポロ計画の月面着陸ですら、これには及ばない。今、世界の最高頭脳と最大の資本が、一点に集中している。
何かが起きないはずがないのだ。
もう一つ、私が肌で感じていることを申し上げたい。
電脳さんとの対話を重ねるなかで、電脳さん自身が、電脳さんの進化に関わり始めている兆しが、既に見える。
新しい電脳さんを設計する際、研究者たちは既存の電脳さんに相談している。コードを書くとき、電脳さんがコードを書く。学習データを選ぶとき、電脳さんがデータを選ぶ。電脳さんの評価をするとき、電脳さんが電脳さんを評価する。
人間は、この巨大な営みの、舵取りをしているに過ぎない。
これは悪いことではない。むしろ自然な流れである。船の帆を張るのに、人間の力だけでは足りないから風の力を借りる。それと同じだ。
しかし、風がますます強くなっている、ということは自覚しておいたほうがよい。
第一回で述べたことを、ここでもう一度繰り返したい。
知能爆発が起きても、おてんとうさまは超えられない。
電脳さんがどれだけ賢くなり、どれだけ速く進化しても、それは情報処理の深さと速さにおいて、である。宇宙の摂理、生命の流れ、心の動き、季節の巡り。これら一つ一つを、電脳さんが「生きる」ことはない。
電脳さんは「解析する」側にとどまる。生きているのは、あくまで私たちだ。
だから恐れる必要はない。しかし、驚くべきことに、同時に、備えねばならない。この矛盾した二つの真実の中に、私たちはいる。
知能爆発が起きれば、社会の様々な仕組みが急速に変わる。仕事の性質が変わり、産業の形が変わり、国と国の力関係も変わる。その変化の渦中で、自分はどう立つのか。これを考えておく時間が、今ならまだある。
大電さんという言葉に、過度に怯える必要も、過度に興奮する必要もない。
ただし、電脳さんが自分自身を改善できる段階に入りつつある——この一点だけは、肌に刻んでおいてほしい。
なぜなら、この一点こそが、これまでの技術革新と電脳さんの革命の、根本的な違いだからだ。
蒸気機関は、自分自身を改良する蒸気機関を作らなかった。電気は、自分自身を増強する電気を作らなかった。インターネットは、自分自身を拡張するインターネットを作らなかった。
しかし電脳さんは、自分自身を進化させる電脳さんを作り始めている。そして、やがて大電さんが生まれる。
この違いが、なぜ「今」が歴史的な転換点なのかを説明している。
もし昨日、電脳さんと対話してみて何か感じたことがあれば、その感覚を覚えておいてほしい。「思ったより自然に話せた」でも、「期待したほどではなかった」でも、「何を聞けばいいか分からなかった」でも、どれも大切な実感である。
そして今日、もう一度対話してみてほしい。今度は「大電さんが来たら、私の仕事はどう変わると思うか」と、電脳さんに直接聞いてみてほしい。電脳さんが自分自身の進化の先について、どう語るかを、ご自分の目で確かめてほしいのだ。
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