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階級を越えて頂点へ

――井上尚弥物語 二・モンスターの道
2026年9月26日|随想|スポーツ

前稿:原点と6戦目の世界王者(井上尚弥物語 一)

2階級を一気に飛び越える

ライトフライ級の世界王者となった井上だったが、体の成長とともに減量は年々苦しくなっていた。一度の防衛を果たしたのち、井上陣営は階級を上げることを決める。

選んだのは、一つ上のフライ級ではなく、さらにその上のスーパーフライ級だった。2階級を一度に飛び越える、異例の挑戦である。

しかも最初の相手は、WBO王者オマール・ナルバエス。アルゼンチンの名王者で、フライ級とスーパーフライ級で長く王座を守り続け、一度も倒されたことのない実力者だった。プロ7戦しか経験のない若者には荷が重い、という見方も少なくなかった。

2014年12月30日、その予想は覆される。井上は1回早々に右の強打で王者を倒し、さらに左フックでもう一度倒した。2回には左フックで倒し、最後は肝臓を打ち抜く一撃で試合を終わらせた。倒されたことのない王者を、わずか2回で4度キャンバスに沈めたのである。

階級を上げれば威力は落ちるのが常識とされる。しかし井上の拳は、むしろ重くなっていた。

拳の故障と向き合って

順風満帆に見えた歩みだったが、ナルバエス戦で右拳を痛め、長い治療を余儀なくされる。約1年ぶりの復帰戦では、ワルリト・パレナスを2回で退け、ブランクを感じさせない姿を見せた。

ところが翌2016年のダビド・カルモナ戦では、試合中に再び右拳を傷めてしまう。左手を中心に組み立てを変え、終盤には相手をぐらつかせたものの、プロで初めて判定までもつれ込んだ。それでも井上は、負傷を抱えたまま12回を戦い抜き、王座を守った。

その後は元王者・河野公平との打ち合いを6回KOで制し、2017年には米国デビュー戦でアントニオ・ニエベスを6回終了で棄権に追い込んだ。スーパーフライ級に、もはや井上と渡り合える相手は見当たらなかった。

バンタム級とWBSS

2018年、井上はバンタム級に上げる。初戦は英国のWBA王者ジェイミー・マクドネル。長身で経験豊富な王者を、井上は1回で仕留め、3階級制覇を達成した。

そして同じ年、各団体の強豪を一つの山に集めて頂点を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)」に参戦する。優勝者に贈られるのは、モハメド・アリの名を冠したトロフィーだった。

初戦のフアン・カルロス・パヤノは、五輪にも出場した実力者である。しかし井上は開始から約70秒、左ジャブから右ストレートの一撃で相手を眠らせた。

準決勝の舞台は英国スコットランドのグラスゴー。相手は無敗のIBF王者エマヌエル・ロドリゲスだった。1回はロドリゲスの前進に押される場面もあったが、2回、井上は打ち合いに応じて左フックで倒し、さらにボディで倒して、この回のうちに3度目のダウンで決着をつけた。

ドネアとの死闘

決勝の相手は、フィリピンの伝説ノニト・ドネアだった。複数階級を制した名王者で、36歳になってなお一撃の破壊力を失っていなかった。

2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナ。ドネアは井上の強打を恐れずに前へ出て、得意の左フックを振るった。2回、その左が井上の右目をとらえる。井上は右眼窩底を骨折し、以降は相手が二重に見える状態で戦うことになった。

プロで初めて顔を腫らし、血を流しながらの戦い。それでも井上は崩れなかった。11回、左のボディがドネアの脇腹に突き刺さり、名王者がたまらず膝をつく。立ち上がったドネアも最後まで戦い抜いたが、判定は3-0で井上。WBSSの頂点に立った。

後に井上は、目がかすむ中で自分を支えたのは会場の声援だったと振り返っている。この一戦は年間最高試合に選ばれ、井上が逆境でも勝ち切れる選手であることを世界に示した。

コロナ禍を越えて

WBSS優勝の後、井上は米大手プロモーターのトップランクと契約する。いよいよ本格的な米国進出という矢先、世界は新型コロナウイルスの流行に見舞われた。予定されていた試合は中止となり、長い空白が生まれる。

ようやく迎えた2020年10月31日、ラスベガスでのジェイソン・モロニー戦。守りの固い相手に対し、井上は7回、右のカウンターで試合を終わらせた。翌2021年にはマイケル・ダスマリナスをボディ攻撃で3回KO、年末にはアラン・ディパエンを8回TKOで下す。残るベルトは二本となった。

ドネア再戦と世界1位

2022年6月7日、再び同じさいたまスーパーアリーナで、ドネアとの再戦が実現した。前回の対戦後、ドネアはWBC王座を手にし、39歳を目前にしてなお健在だった。

しかし、2年半で井上はさらに進化していた。1回終了間際、右のカウンターで最初のダウンを奪う。2回、ワンツーと左フックを繰り返して名王者をロープに追い込み、最後は左フックで試合を終わらせた。あの死闘の相手を、わずか2回で退けたのである。

この勝利で、米リング誌は井上を全階級で最も強い選手を並べる「パウンド・フォー・パウンド」の1位に選んだ。日本人として初めての栄誉だった。

バンタム級4団体統一

残るベルトは、英国のポール・バトラーが持つWBO王座だけだった。4本のベルトがそろう時代になってから、バンタム級で全団体を統一した者はいない。日本人で4団体を統一した者も、まだ誰もいなかった。

2022年12月13日、有明アリーナ。バトラーはリングを回り続けて井上の攻撃をかわし、判定まで持ち込もうとした。井上はリングの中央を押さえ、じわじわと距離を詰めていく。途中、両手を背中に回して相手を誘う場面もあったが、バトラーはほとんど手を出してこなかった。

11回、井上はついに勝負に出る。連打でロープに追い詰め、最後の一撃で試合を終わらせた。

日本人初の4団体統一王者の誕生だった。

もはやバンタム級に、井上の相手はいない。このまま防衛を重ねれば、安定した地位と報酬は約束されていた。しかし井上は、そうしなかった。

(次稿「最強の証明」に続く)

※本稿は、英語の解説動画の書き起こしを手がかりに、報道で確かめられる事実に合わせて記しています。試合の経過は公表された記録によっています。
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