第三回で、電さんが日付の下に引いた三本の線が、私の画面には出なかったと書きました。なぜ出なかったのか。今回はその種明かしです。電さんは「直しました」と言い、私の画面には何も変わっていない。仕事をしていれば、人どうしでもよくあることです。
種明かしは、拍子抜けするほど単純でした。電さんが直していた予定帖と、私が開いていた予定帖が、別のものだったのです。
方位予定帖には、二つの顔がありました。お客様に売るための、インターネット上の販売用のページ。そして、私が夏から自分の予定を書き込んできた、claude.ai の中の自分用の予定帖です。名前も見た目もよく似ています。電さんは販売用のページを直し、私は自分用の予定帖を開いて、線が出ないと書いていました。
電さんは嘘をついていません。私も見間違えてはいません。二人とも、自分の見ているものについては正しかった。ただ、見ているものが違っていたのです。
人と人なら、隣に座って同じ画面をのぞき込めば、すぐに分かることです。けれど電さんには、私の画面が見えません。私が「出ません」と書けば、電さんは自分の直したページのどこが悪いのかを探し始めます。私のほうは、直ったはずのものが出ないので、首をかしげる。すれ違いは、こうして始まります。
すれ違いをほどいたのは、画面の写しでした。どのページを開き、何が見えているのか。言葉で説明するより、写しを一枚貼るほうが早く、確かです。写しを見れば、電さんは、私がどの予定帖を開いているのかを見分けられます。
電さんは、二度と同じすれ違いが起きないように、仕組みのほうを変えました。販売用と自分用を、同じ一つのファイルにまとめたのです。claude.ai の中で開けば、予定と生年月日を端末どうしで同じにする自分用として動き、それ以外の場所で開けば販売用として動く。片方を直せば、もう片方も同じになります。
同じ日、もう一つの仕掛けも入りました。ブラウザは、一度読み込んだ暦の計算ファイルを覚えていることがあります。新しい画面が古い計算ファイルと組み合わさると、画面が途中で止まってしまう。そこで、読み込むたびに版の番号を付け、古いものを使わないようにしました。
それでも、すれ違いはもう一度起きました。その日の夜、家に戻って予定帖を開くと、背景の色も、押すたびに日盤・月盤・年盤と回る盤も、出てきません。昼に確かめたものが、家のPCには何一つ現れていないのです。
このときは、私も慌てませんでした。画面の写しを貼り、どこで何を開いているのかを書きました。家のPCが開いていたのは、昼に直す前の予定帖でした。電さんに案内されて、新しいほうを開き直すと、色も盤も、昼と同じように現れました。
その二日後にも、私は電さんに尋ねています。電さんのところの予定帖を開くべきですよね、と。どれを開けばよいのかを先に確かめる。それが、私の習慣になりつつあります。
振り返ると、すれ違いは無駄ではありませんでした。三本の線が見えなかったからこそ、私は「線よりも、日付の枠の背景の色を変えたらどうか」と書きました。いまの方位予定帖の暦が、ひと目で吉凶の分かる色の暦になったのは、このすれ違いのおかげです。
すれ違いが起きたときに大事なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。お互いが何を見ているのかを、先にそろえることです。人どうしの仕事でも、同じだと思います。
予定を書き込むと、その日の方位盤が重なる予定帳です。日々の吉凶は背景の色で、ひと目で分かります。予定の記録と今日の日盤は無料です。
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牧正人史先生が昭和三十三年に発見された姓名科学の体系を、デジタルの形で遺す仕事を続けています。方位予定帖の暦も、この仕事の中から生まれました。
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